売文生活 日垣 隆 (著)
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物書きたちは、いかにして自らの生活を成り立たせてきたのか、というテーマについて書かれた本。端的に述べれば、純粋に文章を売って暮らしていくのは、かなりハードだということ。
かつてから、坪内逍遥、夏目漱石、芥川龍之介など新聞社などに雇われるかたちでの作家形態をとるしか専業となる道はなかったといえる。
僕の感想としては、それは、その文章自体が必需品でも、生産財としての価値があるわけでもないからだといえる。僕は、そのことを嘆きはするが、多少仕方のないことかもしれないと思う。根源的価値を有さない以上、エンターテイメントは寄付行為的な要素を含み、純粋に需要と供給のバランス上で価格が決まるからだ。
僕が特に印象的だと感じた部分は、読者と作家のスキルについて書かれた部分だ。これは、筒井康隆氏の引用部分ではあるが。
作家(役者)はいかに巧くなっても歳をとれば読者(観客)から飽きられる。その技が一般読者では判断できないほど高度なものに達してしまっているからでもあるが、それゆえに飽きられもするのである。読者の眼はともすれば新しい才能を持った新人として登場してくる作家に向き、その作家が未熟であっても、むしろその未熟さゆえに喝采し応援するのだ
という部分である。
これは、深いと思った。ある商品に対する評価は、その受け手によって変化するというわけだ。未熟なことは一般によくないと思われがちではあるが、未熟というその事実こそが魅力となることもある。逆に、巧くなるということは一般によく思われがちではあるが、巧いというその事実こそがアダとなることもある。
その時々で、受け入れる客層も変化するだろう。総じて言えば、未熟でも、ちょっと変でも、それゆえに良しと感じる客層があるというわけで、どうにかなるものだと思った。
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