私の財産告白 本多静六 (著)#96
blogown 林学が専門の東大教授でありながら、独自の蓄財法と人生哲学をもって、一代で巨額の財産を築くことに成功した著者、本多静六(1866-1952)が蓄財、財産について語ったのが本書。
お金持ち哲学について書かれた本であり、基本的には蓄財本、金持ち本である。しかし、ぼくは、本書から蓄財を含めて、大きく三つのことを学んだ。
それは、蓄財、職業道楽論、そして、幸福についてである。
この三つは、現代に生きる人であれば、常に頭を悩ませ続けているテーマだろう。
蓄財について
本多静六の語る蓄財アプローチは、非常に基本的であり、本質的なものである。それは、「勤倹貯蓄」である。このアプローチは、時代が変わっても変化しない、本質的なものであることがわかる。本多静六は語る。
本多式「四分の一天引き貯金法」
いくらでもいい、収入があったとき、容赦なくまずその四分の一を天引きにして貯金してしまう。そうして、その余の四分の三で、いっそう苦しい生活を覚悟の上で押し通すことである。
さらに詳述してみると、「あらゆる通常収入は、それが入ったとき、天引き四分の一を貯金してしまう。さらに臨時収入は全部貯金して、通常収入増加の基に繰り込む」法である。これを方程式にすると、
貯金=通常収入×1/4+臨時収入×10/10
天引き貯金法は、先に天引きしてしまい、無理やり一定割合を貯金することになるので、非常に効果的なものといえよう。つまり、この貯金法によって、元手をつくりだすのである。
ただ、これらのアプローチ、本多静六が蓄財法について目覚めることができたのは、本人だけの力ではない。本多静六には、蓄財の師匠がいた。
それはブレンタノ博士である。彼は、本多静六がドイツ留学のときに師事した教授であり、資産家だった人物である。
ブレンタノ博士は、さらにこういうことをいわれた。
「財産を作ることの根幹は、やはり勤倹貯蓄だ。これなしには、どんなに小さくとも、財産と名のつくほどのものはこしらえられない。さて、その貯金がある程度の額に達したら、他の有利な事業に投資するがよい。貯金を貯金のままにしておいては知れたものである。
どんなに時代が変わっても、状況が移りかわっても、財産を作ることの根幹が「勤倹貯蓄」にあるのだと気づかされる。同時に、本多静六はその障害についてこう言う。
貯金生活をつづけていく上に、一番のさわりになるものは虚栄心である。
次のテーマは、職業道楽論。つまり、人生における仕事の意味についてである。
人生において、仕事の占める割合は大きい。ほとんどの人にとってそうであろうが、人生の大半は仕事が占めているといっても過言ではなかろう。そのことについて、どうとらえるか、どう考えるかが、人生を左右してしまうともいえる。
そういった背景があるなか、本多静六は、職業道楽論を主張する。
人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない。
本書では、彼自身の職業道楽論のみならず、渋沢栄一翁の述べたことについても書かれている。
昔、渋沢栄一翁が埼玉県人会のある席上で、私が例の職業道楽論を一席述べた後に起たれて、
「若い頃自分の故郷に、阿賀野の九十郎という七十いくつになる老人があって、朝早くから夜晩くまで商売一途に精を出していたが、あるとき孫や曾孫たちが集まり、おじいさん、もうそんなにして働かないでも、うちには金も田地もたくさんできたじゃないか。伊香保かどっかへ湯治にでも行ってゆっくりしたらどうですとすすめたところ、九十郎老人の曰く、おれの働くのはおれの道楽で、いまさらおれに働くなというのは、おれにせっかくの道楽をやめろというようなものだ。全くもって親不孝の奴らだ。それにお前たちはすぐ金々というが、金なんかおれの道楽の粕なんだ。そんなものは、どうだっていいじゃないかといわれた。-諸君も本多の説に従って盛んに職業道楽をやられ、ついでに、また盛んに道楽の粕を溜めることです」
要は心の持ちようであるともいえる。
自分のしている仕事を道楽だと感じるようになり、好きなことをし、その粕として金が残る。
それは、とてもすばらしいことだ。
道楽をして、好きなことをして、粕がたまる、金がたまる。
すべてが幸福につながるのである。
たしかに、現実問題として、そのような心持ちになること、自分の状況を振り返ってみて、かけ離れているように感じるかもしれない。しかし、それがこのコンセプトを否定することにはならない。もし、このコンセプトが素晴らしいと感じるのであれば、それに近づけることこそが重要であろう。
最後のテーマは、幸福についてだ。
二杯の天丼はうまく食えぬ
私が苦学生時代に、生まれて初めて一杯の天丼にありついたとき、全く世の中には、こんなウマイものがあるかと驚嘆した。
後年、海外留学から帰ってきて、さっそくこの宿願の「天丼二杯」を試みた。ところが、とても食い尽くせもしなかったし、またそれほどにウマクもなかった。この現実暴露の悲哀はなんいついても同じことがいえる。
ゼイタク生活の欲望や財産蓄積の希望についてもそうであって、月一万円の生活をする人が二万円の生活にこぎつけても幸福は二倍にならぬし、十万円の財産に達しても、ただそれだけではなんらの幸福倍化にはならない。いったい、人生の幸福というものは、現在の生活自体より、むしろ、その生活の動きの方向が、上り坂か、下り坂か、上向きつつあるか、下向きつつあるかによって決定せられるものである。
本多静六は、言う。
収入・財産の倍化がすなわち、幸福の倍化ではない、と。
むしろ、生活の動きの方向が上向きか、下向きかによって決まるのだ、と。
幸福につながるのは、前向きに努力する生き方なのだろう。
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