死、それは成長の最終段階―続 死ぬ瞬間 エリザベス キューブラー・ロス (著) #105

9月 10th, 2009 by blogown

本書の裏側にはこう書かれている。

『人が目的のない虚しい人生を送ってしまう原因の一つは、死の否認である。永遠の命を持っているように生きていると、やるべきことを先延ばしにしがちだからだ。死を意識することによって、人間は最後の段階まで成長する-。』

僕は今、さまざまな方の人生を取材して回るという活動をしている。
つまり、人の人生を数多く疑似体験しているというわけだ。

この活動を通して感じるのは、人の人生は短いということだ。
あっという間に時はたち、あっという間に時機を逃してしまうこともある。

人生には、必ず終わりがやってくる。
しかし、必ず来る終わりを無視して、否認してしまうと、だらけた生活を送ってしまうことになりがちだ。

エリザベス・キューブラー・ロスは、死を意識することが成長をもたらすと述べる。
同感だ。

本書でもこう書かれている。
仏教、仏陀について書かれたくだりの部分。
『万物は「変化と衰退から免れられず」、そして死は「万物に定められている終わりである」』
『「…しかも世間はその恐ろしさを忘れ、気にも留めていない。人の心は恐怖というものに実に無頓着になっている。考えてもごらん。人は、あの世への道を旅しているというのに、こんなにも安穏に暮らしているではないか…』

人生には終わりが存在し、それを意識し、短いものだと自覚したうえで、「諸欲の根を絶つ」のか、夢や目標に向かってまい進するのか、絶望にうちひしがれるのかは個々人によるだろう。

だが、その限りのあることを意識しないままでは、自分の資源を無駄遣いしかねない。
1日は24時間であり、1年は365日。
120歳まで生きられる可能性は今のところ、ゼロに近い。

さて、いかに生きるべきか。
そして、いかに死ぬべきか。

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東京商工会議所 江東支部(7/28(火)東京)で講演しました【講演記録】

7月 29th, 2009 by blogown

7/28(火)、東京商工会議所 江東支部にて講演しました。
しかし、大変言いづらいのですが、極めて至らない講演になってしまいました。

参加者の方々には、お詫びするしかないです。
「利益を獲得する」6つの戦略~事業が忙しいのに、儲からないのはなぜか?というタイトルでの講演。

なぜ、至らない講演になってしまったのかについて反省することで、二度と同じような事態を起こさないようにする所存です。

要因としては2点。

1.案内内容との食い違い
2.講演の一貫性の欠如

1.案内内容との食い違い

まず、当初の案内が「利益を獲得するための6つの戦略」にもかかわらず、自分のネタ「おっとりした人が成功するための7つのステップ」に持って行ってしまったということが、良くない点でした。

「おっとり~」の講演ネタの反応が良いために、そちらのほうに持って行きたいという意思があったためです。

案内の内容と講演内容の一致は基本中の基本だと思いますが、それを外してしまい、大きな失敗をしてしまいました。

2.講演の一貫性の欠如

講演中盤にてご指摘いただき、食い違いを修正することとなりました。

ただ、修正をするために、そこまでの流れをブチッと切って、利益戦略の話に持っていったため、一貫性が欠けるということになってしまいました。

そのため、「おっとり~」と「利益~」の話と混同し、方向性がまったく異なる講演が混同してしまい、一貫性に欠け、どっちつかずの良くない講演となってしまいました。

以後、私の人生において、このような失敗をしないよう、案内と講演内容との一致、講演自体の一貫性については、重々、注意していく所存です。

具体的には、完全に納得、すり合わせられていない場合は達成されるまで延期するという方策をとりたいと思います。

今後の行動において、非常に重要なことを学ばせてもらいました。

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人生の短さについて セネカ (著) #102

7月 14th, 2009 by blogown

セネカは、二千年前の古代ローマ帝国を生きた思想家。哲学者にして、詩人・劇作家、政治家。

雑事をしているだけで、あっという間に時間は過ぎ去ってしまう。そのため、私たちは、毎日忙しい日々を過ごしています。

読まなければならない資料や本、雑誌。返信しなければならないメール、手紙。決断しなければならない事項の山。ある場所から、ある場所へと飛び回る移動。

私たちは日々、何かに追われるかのように時間をすごし、あっという間に過ぎ去っていく時間を振り返る時間すら、ほとんど残されていません。

そんな私たちに対して話しているかのように、二千年前に生きた思想家、セネカは「人生の短さ」について、このように話してくれています。

人生は短くなどありません。
与えられた時間の大半を、私たちが無駄遣いしているにすぎない
のです。

人生は十分に長い。
上手に使いさえすれば、偉業を成し遂げられるほどたっぷりと与えられているのです。

人間はそれを、何の役にも立てず湯水のごとく浪費した挙句、土壇場になってようやく気づくのです。

いつのまにか人生は過ぎ去ってしまった、と。

つまり、人は短い人生を与えられるのではなく、むしろ自分で短くしている。足りないのではなく、浪費しているというわけです。

価値ある情報が何も得られないようなテレビ番組や雑誌、ウワサ話、安易な娯楽、事務作業。そのような価値のないことに時間を浪費してしまうことこそが、自分自身の人生を短くしている原因であるというわけです。

では、なぜ、私たちは時間を無駄遣い、浪費してしまうのでしょうか?

時間が貴重なものであると、本当にわかっているのであれば、浪費することもないでしょう。

その理由についても、セネカは語っています。

人は、自分が永遠に生き続けるものと思っているからなのです。

自分の弱さなど少しも念頭になく、どれだけの時間が失われたかにも気づかない。
涸れることのない泉か何かのように時間を無駄遣いしている

そうやって他人やものごとのために使っている今日という一日が、最後の一日かもしれないというのに。

死を免れない者として何もかもを恐れながら、そのくせ不死の存在であるかのように、何もかもを手に入れたいと望むのです。

つまりは、自分の死について、人生の有限さについて、自覚できないということが理由なのです。

自分の人生に、まさか終わりが来るなどとは思ってもいませんし、今の日々がずっと続くものと思っているものなのです。

私自身を含めて、いくばくかの人たちが、自分の生き方や自分の振る舞いを振り返り、違う人生を生きるようになる原因のひとつは、「死に直面すること」であることが多々あります。

たとえば、それは父親といった肉親の死であったり、近しい友人の死であったり、はたまた自分自身が大病を患い、死を意識したというようなかたちで、訪れます。
しかし、たいていの人にとっては、死は自分の人生からは、ほど遠い存在、普段はまったく意識することのない存在であることから、人は人生が永遠に続くものと思ってしまうのです。

これまで話してきたように、人生には限りがある一方で、私たちは無駄遣いをしてしまっていて、自らの人生をより短いものにしてしまっているのです。

それでは、人生を最大限に活用し、何かを成し遂げるためには何をすべきなのでしょうか?

それは、「自分の人生において、価値のあることに時間を配分する」ということです。

人の時間は有限で、どんなにお金持ちでも、1年は365日で1日は24時間しかありません。

しかし、一方で、何かをなすには時間と労力が必ず必要になってきます。

つまり、人は自身の限られた資源をいかに配分すべきか、という判断を慎重にしなければならないというわけです。

なぜなら、無価値なものに時間を配分してしまうと、それは、価値あることに配分できたはずの時間を失ってしまうことと同義だからです。

また、このことは、同じ年齢でも、成果をあげた人とあげていない人の違いを生み出している要因のひとつでもあります。
セネカはこう語っています。

相手の白髪やしわを見ただけで、長く生きてきた人間と思うのはおやめなさい。
長く生きてきたのではなく、長く存在してきただけかもしれないのです。

それはまるで、港を出た直後にひどい嵐に遭った男を見て、長旅を経てきた人間と思い込むようなものです。

実際には、四方八方から強風に煽られてあちらへ吹き飛ばされたかと思えば、こちらに吹き戻され、同じ海域をぐるぐる巡っていたにすぎません。

そんなものは、長く翻弄されたのであって、長く旅してきたことにはならないのです。

何かを成し遂げたいと望むのであれば、長く存在してきただけであるような人間であるべきではありません。

そうならないためには、自分の人生において、価値あることに時間という資源を配分すべきなのです。

もし、あなたが世界における極度の貧困をなくしたいと望むのであれば、ぼんやりとテレビを見ていてはいけないのです。

その望みに、一歩でも前進することのできるような活動に時間を配分すべきなのです。

たとえば、関連した書籍を読んだり、最前線で動いている人に話を聞きにいったり、実際の現場を見に行ったり、実際に自分自身でできる行動をしたりといったことです。

果たして、人生は短いのか、長いのか。
セネカの言うことがすべてではありません。

しかし、自分の人生において、その時間はできるだけ、価値のあることに配分したいものです。

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死ぬまでに知っておきたい 人生の5つの秘密 ジョン・イッツォ (著) #87

4月 11th, 2009 by blogown

聖職者として働いたあと、ビジネスコンサルタントとして活躍するベストセラー作家の著者、ジョン・イッツォ氏が、アメリカのケーブルテレビ局バイオグラフィー・チャンネルの番組〈The Five Things You Must Discover Before You Die〉(死ぬまでに知っておくべき五つのこと)の制作を依頼され、周囲の人たちから「幸福な賢人」と見なされている高齢者を探し、最終的に約1000名の中から235人の60歳以上の高齢者に「幸福な人生を生きるための秘訣」についてインタビュー。そして、彼らの言葉から浮かびあがってきた「幸福に生きる秘訣」を、「5つの秘密」としてまとめたものが本書。

人生。
それは、誰しもが考えざるをえないテーマであろう。

誰もが幸福な人生を送りたいと望んでいる。
誰もが自分の人生に意味を見出したいと望んでいる。

もちろん、僕も幸福な人生を送りたいと望んでいるし、人生に意味を見出したいと望んでいる。しかし、望んだからといって、自分で見出さなければならないのだから、難しいことであろう。

内容としては、タイトルに書かれているように5つの秘密が示しているとおりだ。

第一の秘密- 自分の心に忠実であれ
第二の秘密- 思い残すことのないように生きよ
第三の秘密- 愛になれ
第四の秘密- いまを生きよ
第五の秘密- 得るより与えよ

秘密のタイトルだけで、内容も大体把握できるような気がするので、内容については本書を読んでいただくとして、僕が個人的に印象的だったのは、第五の秘密「得るより与えよ」にあった文章である。

この文章を読んだ後、自分で自分の人生の意味を考えたとき、ひとつのヒントが見つかった気がした。それは、次の文章だ。

「じきに、きみにもわかるだろう。きみは何ももっていくことはできないが、あとに何かを遺すことはできるのだ」

たしかに、僕は何ももっていくことはできないだろう。
それは、誰もが同様で、ウォーレン・バフェットやビル・ゲイツといった、どんな大富豪でも持っていくことはできない。

ただ、何かを遺すことはできるだろう。

それは、教訓や教えといったものであるかもしれないし、理念や考え方であるのかもしれない。はたまた、知識や知恵といったものなのかもしれない。

それらの「何か」を遺すということができるということ。

それは、人生の意味を考える上で、ひとつのヒントとなるような気がする。

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