プーア・リチャードの暦 ベンジャミン フランクリン (著) #81

3月 12th, 2009 by blogown

印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をし、多くのアメリカ人の価値観に影響を与えた(米100ドル紙幣に肖像がある)ベンジャミン・フランクリンが書いた教訓やことわざが書かれた暦が本書。

総じて言えば、「勤勉と倹約」を主とした価値観であり、古風でありながら、なおも輝きを失わない普遍的なもののように感じる。

そこで、本書から、いくつもの印象的な部分を引用してみる。

人生を大切にしたいとおっしゃるか?
ならば時間を無駄に使いなさるな。

時間こそ、人生を形作るのに一番大事なものだからと、プーア・リチャードは言っています。

時間の浪費こそ一番のぜいたく

そして、彼がほかでも言っているように、

時間の遺失物は、間違っても見つかりっこない

時間は大切なのだとじんわりと感じさせる内容です。

井戸枯れて、水の有り難さを知る
お金の有難味を知りたくば、借金をしに行きなさい

お金を借りに行くことは、悲しみを借りに行くこと
着道楽は禍のもと、道楽気分を相談する前に懐と相談しなさい

虚栄心の物欲しさは、物乞いのようにしつこい。いやはるかに図々しい
最初の欲望を抑えるほうが、次々起こる欲望を全部満足させるよりも易しい

富者への道は、もしそれをお望みならばですが、簡単なことなのです。
要するに取り引きのやり方と同じことなのです。
それには二つの言葉が大切です。

勤勉と倹約です。

時間とお金を決して浪費することなく、この二つを最大限に活用するのです。

勤勉と倹約がなければ何事も成就しません。
勤勉と倹約があれば何事も成就します。
正直に働いてお金を得、得たお金は貯金する(必要な支出は別ですが)、そういう人は、必ず裕福になります。

勤勉とは、時間の浪費をしないこと。
倹約とは、お金の浪費をしないこと。

それは、極めて合理的で、充実した人生を送るための秘訣でもあるだろう。

資源はかぎられている。
お金は稼げば増えるかもしれないが、時間は厳然たる事実として有限なのだ。

だからこそ、一番のぜいたくである「時間の浪費」をせず、富者となるためにお金の浪費をせず生活すること。
自分の生き方、人生について考えさせられる一冊。
だからこそ、アメリカ人の価値観に影響を与えることになったのだろう。

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松風の人―吉田松陰とその門下 津本 陽 (著) #70

1月 12th, 2009 by admin

昭和4年、和歌山県生まれ。東北大学卒業。昭和53年、『深重の海』で第七九回直木賞受賞した著者、津本陽氏が吉田松陰について書いたのが本書。

その他の類書との違いは、主に吉田松陰自身の伝記的な要素の濃さだろう。

一冊、まるごと使って、吉田松陰の人生について書いている。
それは、最初の章が吉田松陰の生誕から始まり、最終章が松陰の斬首の余韻によって締められていることによってもわかる。

文章中には、とても細かい部分がきちんと描かれているが、それは参考文献に「吉田松陰全集」が挙げられていることが要因かと思った。

本書で、最も印象的だったのは、下田踏海によって牢送りになった吉田松陰が小伝馬町牢屋の牢名主※に板で一撃され、詰問されていたときの問答だ。

※牢名主・・・江戸時代、囚人の中から選ばれ、長として牢内の取り締まりなどに当たった者。牢内名主。

吉田松陰は言う。

「私は死を覚悟しており、怖れることはありません」
「なんだと、えらそうなことをぬかしおって。手前はほんとうに死にてえのか」
松陰はたちまち能弁に論じた。

十七、八歳の死が惜しい者は、三十歳の死も惜しかろう。八、九十、百になりてもこれにて惜しからずということはなし。草虫、水虫のように半年の命の生きものもあるが、それが短いというわけでもない。松柏のように数百年の命のものもあるが、天地の悠久たるに比べると一時を生きる蠅のようなものだ。私の念頭に死生はないのだ

つまり、今もって死が惜しい者は、いつになったとしても、死が惜しくはないと思うようにはならないというわけだ。
要は、覚悟ができている者とできていない者の違い。

数百年の命でさえ、天地の悠久たるに比べると、一瞬。

何をすべきで、いかに覚悟を決めるか、それが人生における重要な部分なのだと感じた。

70冊目

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吉田松陰―維新を切り開く思想とその後継者たち 池田諭 (著) #69

1月 12th, 2009 by admin

著者の略歴不明。
明治維新の精神的指導者・理論者として知られる吉田松陰について書かれたのが本書。

本書の内容は、吉田松陰とその周辺人物にスポットライトを当てたかたちで、きれいにまとまっている。

吉田松陰は1830年9月20日に生まれ、1859年11月21日、江戸の伝馬町牢屋敷にて斬刑になるまで、たった30年の人生、30歳までの人生だった。明治維新の精神的指導者との知名度、影響力から見れば、意外なほど短い人生だったといえる。

彼の人生を要約すれば、非常にシンプルにまとめることができる。

1830年・萩にて生まれる
1840年・藩校明倫館の兵学教授となる
1850年・九州へ遊学(西遊日記)
1851年・江戸へ遊学(東遊日記)
1851年・東北へ(東征稿)
1853年・江戸へ(十ヵ年間諸国遊学)
1853年・プチャーチンのロシア軍艦乗り込み失敗
1954年・ペリー船乗り込み失敗
1854年・萩、野山獄へ
1855年・松下村塾にて、多くの人材に指導する
1859年・江戸送致、江戸伝馬町の獄において斬首刑

現代人の目から見れば、そこまで多くの場所を移動していないように見える。しかし、当時の日本人は、藩外への移動が関所によって制限されていたこともあり、実際には、ありえないほどの移動をしているものと思われる。

各所を遊学し、多くの人と出会い、多くの書物を読みふけるうちに、日本の未来に対する思想を磨き、多くの人に伝えていったというわけだ。

松下村塾の門下生で、明治時代まで生きることができ、新政府の大物となった人物には、伊藤博文(初代総理大臣)や山縣有朋(内閣総理大臣2回)らがいる。

吉田松陰の行動力を示す上で、大きなものといえば、1853年(嘉永6年)にプチャーチンのロシア軍艦乗り込み、1854年(安政元年)にペリー船乗り込み失敗、1858年(安政5年)に老中の間部詮勝の暗殺を計画したことがある。

よく考えてみれば、とんでもない行動力である。
ロシア軍艦乗り込み失敗についてみれば、結局、ロシア軍艦がすでにいなくなってしまっていたことから、実行前段階だといえる。

しかし、ペリー船乗り込みは、実際に小舟で船に乗り込み、その後、追い返されてしまったという経緯がある。
当時の日本で、海外渡航は死罪レベルである状況で、この行動。

また、老中・間部詮勝の暗殺については、藩の上層部を含めた周囲に申し出していたそう。
公然と幕府の重要人物の暗殺案をしゃべっているその度胸というか、行動力というか、アグレッシブさは素晴らしいものがある。

それらの行動力も、非常に重要な意味を持っていたのだろう。

たった30年あまりの生涯で、社会に大きな影響を与えた人物の生涯。

参考にしたいものだ。

69冊目

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