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	<title>1,000冊読書感想文を書くとどうなるか？ &#187; 資産形成</title>
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	<description>つれづれなるままに。読んだ本の記録を残すために。</description>
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		<title>カーネギー自伝 アンドリュー カーネギー (著), 坂西 志保 (翻訳)#127</title>
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		<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 19:00:41 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[
かの有名な「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーの自伝。
本書は、昔ながらの価値観、倫理観、行動指針がもたらす自然展開の成功物語であり、後に続く者たちにとって、極めて有益な情報源である。
その価値観とは、勤勉、誠実、質実剛健。
きちんとしていて、しっかり者。
堅実で、真面目、実直、信頼できる、働き者。
そういう素晴らしいパーソナリティを持った者が、報われる典型例がこのアンドリュー・カーネギーだといえよう。
そもそも、カーネギーはスコットランドのダンファームリンで手織り職人の長男として生まれた。
産業革命のあおりを受けて、仕事に困ったカーネギー一家は、アメリカへ移住。
無一文（借金を抱えて）で、アメリカにわたり、紡績工場、電報配達の仕事を12歳くらいからしていた。
その後、真面目に前向きに学び、スキルをあげていったことで、目上の人が目をかけてくれるようになる。
彼の姿勢は、本書でこう述べられている。
『なにか新しいことを学ぶ機会があるなら、それをとらえて逃がさず、自分の知識を試してみるということは大切である』
そうして、トーマス・スコットに目をかけてもらうようになり、ペンシルバニア鉄道へ入社、昇進していく。
その後は、ペンシルバニア鉄道での仕事をしていく過程からの派生で、鉄橋会社、製鉄会社など、色々な新規事業を行い、著名な実業家として知られるようになる。
そういう一大事業家の人生。
本書を読んで、追体験してみるのもいいかもしれません。
カーネギー自伝 アンドリュー カーネギー (著), 坂西 志保 (翻訳)#127 You can buy this book on amazon.
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		<title>「ふつうの億万長者」徹底リサーチが明かす お金が“いやでも貯まる”5つの「生活」習慣　トマス J スタンリー (著), 本田 健 (翻訳) #123</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Dec 2009 01:10:04 +0000</pubDate>
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本書のメッセージは、「本物の資産家になるには、質素倹約であれ」。
本書は、蓄財と消費の関係性についての考察がメインである。
浪費を繰り返す人たちは、次のような人だという。
ファッション界や小売業界で言うところの「上昇志向の人」、つまり、金持ちのように見えるけれども、金持ちになりたいと願っているだけの、金持ちではない人
そして、金持ちが金持ちになれる理由。
金持ちが金持ちになったのは、ぜいたくをしたいからではない。そして、金持ちが金持ちになれたのは、ぜいたくをしなかったからだ。
また、極めて興味深い話が、浪費と育った環境についての関係について述べられている部分。
高くないスーツを着ている人は、おそらくミドルクラスの生まれですね。両親は決して金持ちではないけれど、いわば安心して暮らせる収入があったのでしょう。両親の社会的地位や持ち物について、恥ずかしく思うことなく育った人です。
ぜいたくなヘアスタイル、2000万ドルの家、引き出しいっぱいの高級時計、複数のフェラーリ、オーダーメイドの服、2000本のビンテージワイン。これらは成功のシンボルの域を超えている。非常に裕福な人のなかで、ミスターMのような消費パターンをとるタイプの人には、共通する経歴がある。たいていは、経済基盤がほぼゼロに等しい家庭で育っているのだ。ミスターMの父親は、工場の非熟練労働者で年間所得は2万5000ドル以下だった。また、両親とも大学を出ていない。
「浪費する億万長者」には、貧しい境遇から叩き上げてきたケースが多い。

全体として、興味深い話が多いのだが、本書を通読する上で、把握しておかなければならないことがある。
それは、本書における「億万長者」の定義である。
本書では、100万ドル以上の資産を持つ人のことを億万長者と呼ぶ。

つまり、これはストックが大きい（純資産が大きい）人を定義づけしているということになる。
その定義からして、全体的にディフェンシブ（守りが堅い）、堅実、質素・倹約である人が多いこととなり、所得レベルはそれほど大きなファクターではなくなる。
そのため、所得を大きくすること、たとえば、年収XX万円や年収1億円といった方向性とは異なることは把握しておくべきことではある。
要は、稼ぎを多くするのではなく、本当の豊かさを考えましょう、というメッセージであるわけだ。
そのため、キャッシュフローの大きな人、所得の高い人は、本書のメッセージをそのまま、額面どおりに受け取りすぎてもいけないと思う。
たとえば、ディナーに高い金は払わない、というメッセージがあるが、重要な会合がディナーというかたちでセッティングされた場合、ビジネス上、そのディナー代は負担しなければならないこともあるだろうし、また、同様なケースは多々あるだろう。たしかに、当人の消費傾向とは異なっているとしても、だ。
つまり、どこまでこれらの考えを貫けるかどうかという点には、職業的な制約もあれば、置かれた立場、環境といった要因に左右されるということは意識しておくべきだろう。
本書で、最も賞賛されているケースは、端的に言えば、ブルーカラー、もしくは、ブルーカラーに準じるビジネスの経営者で、質素倹約をしていて、資産家である、というケースである。
そのケースからの逸脱度合によって、そうともいえない点があるのだ。
以上のように述べていくと、本書を批判しているように感じられるだろう。
しかし、僕は本書は賞賛されるべき良書だと思う。
それは、本書のメッセージの本質が価値あるものだと思うからだ。
その本書のメッセージの本質は、次のようなことにあると思う。
若者たちは、金を使うことがアメリカらしいやり方だと絶えず教え込まれます。若者のお手本になりやすいのは、巨額の報酬を受け取るプロスポーツ選手や芸能人です。来る日も来る日もマスコミは、あのスポーツ選手が購入した数百万ドルの大邸宅、この映画スターが所有するヨーロッパ車の一群といったストーリーを量産し続けています。そうした影響力のあるロールモデルたちを大々的に扱って賛美することで、マスコミは「車や家やパーティーに好きなだけ金を使えば、幸福になれる」というメッセージを送っています。しかし実際には、金を使うことは人を幸せにはしません。
つまり、「消費は素晴らしい」、「消費こそ最上の幸せである」という現代のドグマに対するアンチテーゼである。
たしかに、周囲を見回してみると、また、メインストリートで見渡してみると、あたりにあるメッセージは「金を使え！！！」「ここで金を落として！！！」というものしかない。
あらゆるマスコミやメディアは、消費を促し、雑誌の広告は素晴らしい写真で、そのブランドの素晴らしさを表現する。
テレビCMでは、流麗なボディをしたスポーツカーが消費をそそる。
しかし、立ち止まって考えてみよう。
本当に、それが幸せにつながるのだろうか。
高い収入を稼ぎ、色々なモノに大金を払う。
そうすれば、ぼくらは本当に幸せになれるのだろうか。
そう考えさせる一冊である。
「ふつうの億万長者」徹底リサーチが明かす お金が“いやでも貯まる”5つの「生活」習慣　トマス J スタンリー (著), 本田 健 (翻訳) #123 You can buy this book on amazon.
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		<title>私の財産告白 本多静六 (著)#96</title>
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		<pubDate>Thu, 21 May 2009 01:39:07 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[
林学が専門の東大教授でありながら、独自の蓄財法と人生哲学をもって、一代で巨額の財産を築くことに成功した著者、本多静六（1866-1952）が蓄財、財産について語ったのが本書。
お金持ち哲学について書かれた本であり、基本的には蓄財本、金持ち本である。しかし、ぼくは、本書から蓄財を含めて、大きく三つのことを学んだ。
それは、蓄財、職業道楽論、そして、幸福についてである。
この三つは、現代に生きる人であれば、常に頭を悩ませ続けているテーマだろう。
蓄財について
本多静六の語る蓄財アプローチは、非常に基本的であり、本質的なものである。それは、「勤倹貯蓄」である。このアプローチは、時代が変わっても変化しない、本質的なものであることがわかる。本多静六は語る。
本多式「四分の一天引き貯金法」
いくらでもいい、収入があったとき、容赦なくまずその四分の一を天引きにして貯金してしまう。そうして、その余の四分の三で、いっそう苦しい生活を覚悟の上で押し通すことである。
さらに詳述してみると、「あらゆる通常収入は、それが入ったとき、天引き四分の一を貯金してしまう。さらに臨時収入は全部貯金して、通常収入増加の基に繰り込む」法である。これを方程式にすると、
貯金＝通常収入×１／４＋臨時収入×１０／１０
天引き貯金法は、先に天引きしてしまい、無理やり一定割合を貯金することになるので、非常に効果的なものといえよう。つまり、この貯金法によって、元手をつくりだすのである。
ただ、これらのアプローチ、本多静六が蓄財法について目覚めることができたのは、本人だけの力ではない。本多静六には、蓄財の師匠がいた。
それはブレンタノ博士である。彼は、本多静六がドイツ留学のときに師事した教授であり、資産家だった人物である。
ブレンタノ博士は、さらにこういうことをいわれた。
「財産を作ることの根幹は、やはり勤倹貯蓄だ。これなしには、どんなに小さくとも、財産と名のつくほどのものはこしらえられない。さて、その貯金がある程度の額に達したら、他の有利な事業に投資するがよい。貯金を貯金のままにしておいては知れたものである。
どんなに時代が変わっても、状況が移りかわっても、財産を作ることの根幹が「勤倹貯蓄」にあるのだと気づかされる。同時に、本多静六はその障害についてこう言う。
貯金生活をつづけていく上に、一番のさわりになるものは虚栄心である。
次のテーマは、職業道楽論。つまり、人生における仕事の意味についてである。
人生において、仕事の占める割合は大きい。ほとんどの人にとってそうであろうが、人生の大半は仕事が占めているといっても過言ではなかろう。そのことについて、どうとらえるか、どう考えるかが、人生を左右してしまうともいえる。
そういった背景があるなか、本多静六は、職業道楽論を主張する。
人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない。
本書では、彼自身の職業道楽論のみならず、渋沢栄一翁の述べたことについても書かれている。
昔、渋沢栄一翁が埼玉県人会のある席上で、私が例の職業道楽論を一席述べた後に起たれて、
「若い頃自分の故郷に、阿賀野の九十郎という七十いくつになる老人があって、朝早くから夜晩くまで商売一途に精を出していたが、あるとき孫や曾孫たちが集まり、おじいさん、もうそんなにして働かないでも、うちには金も田地もたくさんできたじゃないか。伊香保かどっかへ湯治にでも行ってゆっくりしたらどうですとすすめたところ、九十郎老人の曰く、おれの働くのはおれの道楽で、いまさらおれに働くなというのは、おれにせっかくの道楽をやめろというようなものだ。全くもって親不孝の奴らだ。それにお前たちはすぐ金々というが、金なんかおれの道楽の粕なんだ。そんなものは、どうだっていいじゃないかといわれた。-諸君も本多の説に従って盛んに職業道楽をやられ、ついでに、また盛んに道楽の粕を溜めることです」
要は心の持ちようであるともいえる。
自分のしている仕事を道楽だと感じるようになり、好きなことをし、その粕として金が残る。
それは、とてもすばらしいことだ。
道楽をして、好きなことをして、粕がたまる、金がたまる。
すべてが幸福につながるのである。
たしかに、現実問題として、そのような心持ちになること、自分の状況を振り返ってみて、かけ離れているように感じるかもしれない。しかし、それがこのコンセプトを否定することにはならない。もし、このコンセプトが素晴らしいと感じるのであれば、それに近づけることこそが重要であろう。
最後のテーマは、幸福についてだ。
二杯の天丼はうまく食えぬ
私が苦学生時代に、生まれて初めて一杯の天丼にありついたとき、全く世の中には、こんなウマイものがあるかと驚嘆した。
後年、海外留学から帰ってきて、さっそくこの宿願の「天丼二杯」を試みた。ところが、とても食い尽くせもしなかったし、またそれほどにウマクもなかった。この現実暴露の悲哀はなんいついても同じことがいえる。
ゼイタク生活の欲望や財産蓄積の希望についてもそうであって、月一万円の生活をする人が二万円の生活にこぎつけても幸福は二倍にならぬし、十万円の財産に達しても、ただそれだけではなんらの幸福倍化にはならない。いったい、人生の幸福というものは、現在の生活自体より、むしろ、その生活の動きの方向が、上り坂か、下り坂か、上向きつつあるか、下向きつつあるかによって決定せられるものである。
本多静六は、言う。
収入・財産の倍化がすなわち、幸福の倍化ではない、と。
むしろ、生活の動きの方向が上向きか、下向きかによって決まるのだ、と。
幸福につながるのは、前向きに努力する生き方なのだろう。
私の財産告白 本多静六 (著)#96 You can buy this book on amazon.
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		<title>住宅市場の社会経済学 ピエール・ブルデュー（著） #89</title>
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		<pubDate>Mon, 27 Apr 2009 01:01:40 +0000</pubDate>
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著書『ディスタンクシオン』で有名なフランスの社会学者である著者、ピエール・ブルデューが、生活の基盤であり、最も高価で象徴的な買い物でもある「家」の信頼と価値は何に由来し、買い手はいかに購入を決定するのか、住宅市場の現場に働く重層的なメカニズムを徹底分析、人間社会における経済行為の原理を解明したのが本書。
物事を説明する上で、難しいことのひとつは、「あいまいではあるが、よく知られている事実に対して、明快かつ論理的に説明する」ということだ。
よく「そんなことは知っている」という発言を聞くが、では、実際に明快な論理性を持って、事物を説明できるかというと、なかなか難しいものだ。つまり、それを「知っている」「よく知られている」としても、実際にその事象がどのようなものなのかを説明することはできない、というわけである。
それは、事象の言語化が難しいということが要因に挙げられるが、本書の著者、ピエール・ブルデューは、この点、事象の言語化が極めて卓越していることが示されている。
住居に関する経済的選択-購入か賃貸か、購入するとしたら中古か新築か、新築の場合、伝統的タイプの家か工業生産化された家かなど-は、一方では行為者の嗜好など（社会的に構築された）経済的性向と行為者が投入できる財力に依存し、他方では住宅の供給状態に依存する。
つまり、行為者（要は、一般市民である）が住居に関する選択をする上では、行為者自身の嗜好、投入できる財力、住宅の供給状態によって左右されてしまうという事実を述べている。
この文章に書かれていることは、僕にとっては、ある意味、衝撃的であった。なぜなら、ほとんどの行為者は、自分が自由意思の元に、選択をして、人生を決めているように感じている。つまり、自分の人生を生きているというわけである。
しかしながら、現実としては、各々のファクター、嗜好、財力、供給状態といったものによって、選択は左右され、一見して自由意思のように見られる人生の選択でさえ、その実、合理的な環境設定において決定されうるということであるのだ。
また、本書の大テーマである「住宅」について考えてみると、単純に「家」と言っても、それにはさまざまな要素、下記に述べられているように、象徴的な要素であったり、社会集団的な要素だったりが、複数絡み合って構成されている存在なのだということを知った。
住宅生産にまつわる多くの特徴、そして住宅メーカー間に形成される多くの関係は、象徴的要素がとりわけ大きな部分を占める住宅生産の特性に由来する。（衣服のように）皆の目にさらされ、しかもそれが長期間続くような有形財としての住宅を所有することは、他の財よりも決定的に、所有者の社会的地位やいわゆる「富」のみならず、所有者の嗜好や所有者が自らの領有行為のうちに組み込んでいる分類システムをも表現し、露わにする。この分類システムは可視的な財に客体化されており、他の人々にも象徴的領有を行う余地を与えている。
また、「家」という存在と「家族」という存在は、密接不可分の関係であるようなのだ。
ある文化的伝統、とくに農民や貴族のそれにおいては、「家」という言葉は、物質的な居住空間と、過去・現在・未来においてそこに暮らす家族との両方を不可分に指し示すことが知られている。
こんにちにおいても、「家を建てる」計画は、「家庭を築く」（あるいは家族を増やす）計画、家族成員という意味での家を築く計画、つまり居住を共にするつながりによってますます強くなるような、姻族関係・親族関係によって統合された社会集団の創設とほとんどつねに結びつけられている。
家族という単位の構築や解体（とくに離婚件数の増加や異世代同居の減少）に関する伝統の変容は、多少とも直接的に住居に関連する戦略、とくに賃借か持ち家取得かという選択に影響を及ぼす性格をもつことになる。
社会に関して、非常に有益な分析・見識が得られた。
さすがにピエール・ブルデューの本だけはある。
住宅市場の社会経済学 ピエール・ブルデュー（著） #89 ->amazon
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